グリーフとジェンダー

グリーフに性差はあるか

表面上、男女の間にグリーフを経験し、表現し、適応していくやり方には違いがあるように見受けられます。
研究者の間では「男性のグリーフについて次のような特徴がある事が指摘されています。哀しみの質に差があるかは別として、その表現には男女の違いがあると言えると一般的に信じられています。

  • 強い感情表現を避ける
  • 感情を表現するために乗り越えなくてはいけない障壁が多い(「男は泣かない」)
  • 親密な友好関係が少なくサポートを受けにくい
  • 自分で解決したい(助けを求めたくない)
  • グリーフを他者に話すことは相手の迷惑(重荷)になるので話さない
  • グリーフを行動で表現する(亡き子の追悼集作成、基金の創設、自叙伝編集など)
  • 一人でひっそりと故人を思い、涙する

表現の違いによる軋轢

こういった表現の違いは、男女間に軋轢を起こすこともあります。男性は女性の嗚咽を「大げさ」「いつまでも泣いている」と感じたり、女性は男性は「陰で悲しんでいるのかもしれないが本当は悲しくないのでは?」「大事なことを話し合ってくれない」と不満に思う事が往々にあるのです。
表現の違いにより双方が互いに「この苦しみを理解してもらえない」という気持ちになるのは不幸なことですし、家族間のバランスを崩す要因の一つともなります。これは、グリーフの性差の理解が重要と考えられる一因となっています。

男性はグリーフからの回復に関して問題を抱えているか

グリーフの回復に「グリーフの感情的表現が欠かせない」という考え方が流布しており、この考え方を前提とし、上記の男性特有のグリーフ反応を見てみると、男性はグリーフからの回復に問題を抱えがちであるという見方も出来ます。
研究者の中にはこの意見に共鳴する人もいます。ルイス・レ・グランドは「これは男性がグリーフを感じていないという事ではないが、女性ほど上手く対応できないという事かもしれない」(1986)といい、アラン・ウォルフェルトは「感情表現や援助を求めることが出来ないので男性ののグリーフは必然的により込み入っている」(Thanatosの記事, 1990)と述べています。

しかし男性が女性に比べて「悲しむのが下手」かどうかはいまだ論争が続いている問題です。長期的な調査では多くの研究者が、グリーフの喪失後の適応において、男女に有意な差が見られないとしています。

又、 トム・ゴールデンはその研究の中で、男性は危機的状況に置いて肉体的、精神的に活動的で、しばしば「並んで一緒に作業をする」方法を快適と感じ、グリーフ・サポート・グループやグリーフカウンセラーやセラピストが利用している「対面的に座って語る」方法は一般的に女性が快適と感じる方法で、男性には必ずしも有効でないかもしれない、という一種の文化バイアス論を提起しています(Swallowed by a Snake: The Gift of the Masculine Side of Healing :1997)。

性差を超えて

近年の研究では喪失へ反応をジェンダーの差と考えるよりは違うグリーフのスタイルがある、と考える傾向があります。

例えばテリー・マーティンとケニス・ドーカは、「哀しみの形はジェンダーに関連はしているが、ジェンダーによって決定されるものではない」とし、 「哀しみのパターン(スタイル)」といった考え方を提案しています。(Men Don、t Cry, Women Do: Transcending Gender Stereotypes of Grief: 1999)

マーティンとドゥカによるとグリーフを経験するスタイルは性差、文化、個人の気質により、「直観的パターン」「方法的パターン」を両極端とするスペクトラムの中のどこかに見つけられるとしています。またこの個人のパターンは時間によっても変化し、年齢を重ね成熟するとともにスペクトラムの中心に移動する(一般的に言う「男女差が減る」)としています。

直観的パターン

  • 感情的なレベルでグリーフを経験、表現、適応する
  • グリーフを情動と感情の波として経験する
  • 感情を嗚咽や叫びといった方法でで表現する
  • 自助グループ、サポートグループ、カウンセリングなどで感情を表現し、感情の高まりを抑えることが有効

方法的パターン

  • 活動的、認知的にグリーフを経験、表現、適応する
  • グリーフを「思い出の洪水」というような思考として経験したり、肉体や行動への症状として経験する
  • 喪失に関した活動をしたり、喪失を語る事でグリーフを表現する
  • 故人の伝記や追悼集の製作などの行動的活動をすることが有効

不調和的パターン

  • 直観的や、方法的なパターンでグリーフを感じても、そのパターンで表現する事をためらうようなケース
  • 例えば、男性が大きな感情的な波を感じても社会的にそれをそのまま表現する事が出来ないようなケース、女性が方法的パターンでグリーフを経験するが、家族の前では感情的な表現をしなければいけないと感じているケースなどがあげられる。
  • グリーフのパターンを知的に認識し、その障壁を理解、解決する事が有効

こういった考え方はグリーフの表現の幅についての理解を深めると考えられます。グリーフの表現は必ずしも感情的な方法を取らずともよく、方法的なパターンでも効果的に表現することが出来ることがわかり、男性的グリーフの表現への理解が深まったという事が出来ます。